データ活用シナリオ vol.2

地域経済における観光産業資源最適化のためのデータ循環メカニズム構築

ー地域通貨と人口流動動態を利活用したスマートツーリズムの可能性再考ー

   

概要

今回は、デジタル技術をどのように地方創生や地方活性化のために応用できるかという問題に焦点を置き、「スマートツーリズム」、つまり、観光業をデータ利活用の舞台としました。そこでは、3つのサービス及びそこから得られるデータ利活用シナリオが考えられます。1つ目は、モバイル端末から得られる通信データを利用した観光人流動態の把握による観光サービス資源の最適配置と潜在的観光資源の新たな発掘※1、2つ目は、地域電子通貨の発行及びその互換性保証、そしてその普及推進により、地域経済の活性化及びその連帯の強化、そして3つ目に、上記2つの応用とその活動により生まれるデータの有用性や拡張性を利活用したオープンデータとしての公開と、観光シーンにおける利便性の向上を図ったアプリケーション開発です。これらの取り組みにより、地域経済の活性化、地方自治体間の協力・連帯の拡大、人的資源などの影響を受けない観光業形態の最適化、そして各地域自治体に眠る新たな観光資源の発掘が今後期待される効果及び発展性として考えられます。

 

※1 日本国憲法第21条第2項にある「通信の秘密」の不可侵性に則り、電気通信事業法第4条においてその「通信の秘密」を保護する規定が定められている。したがって、本国では、電気通信事業の正統業務以外では、CDRデータの取得及びその利用が許されていない。本法規制を鑑みると、本シナリオにおいて、オープンデータとして地域各自治体で共有される加工データの取り扱いに際し法規上の抵触が発生する可能性がある。この点は、くれぐれも注意が必要である。この現状に対し、提示できる代替案は、携帯基地局データとその他のオルタナティブデータを組み合わせることで、人流動態データ及びその分析を上げることである。(2020/8/11 追記)

  • 課題
      • ・観光地の人材、人手不足
      •  

      • ・サービス業に対する需要の多様化
      •  

      • ・観光地での行動や購買に関するデータの不足
  • 目標
    • ・観光サービス業リソースの最適配置
    •  

    • ・最先端技術による地域経済の活性化及びその連帯の強化
    •  

    • ・観光シーンにおける利便性の向上

サービスシナリオ

⑴ CDRデータ※1及びモバイル端末データを利用したリアルタイム人流動態把握

これは、従来の監視カメラなどから得られる映像データや施設の出入り数の計算ではなく、モバイル携帯端末や特定区域の提供するwifiとの通信データに基づいて人口流動データを把握するというものです。(名称Cell-ID position method、人口流動データ取得方法の1つ)この技術を利用することで、wifiの流れから、ユーザー(Mobile Station、略称MS)の持つ携帯がどの携帯基地局(mobile phone Base Station、以下略称BS)※2 と繋がっているかが分かると同時に、BSから得られるデータと各モバイル端末から生成される蓄積された呼詳細レコード(Call Detail Record、以下略称CDR)データ※3を組み合わせることで、観光客の人流データを獲得することができます。※4(S.Qin et al, 2019) 従来に比べ、その方法は、より効率よく、恒常的に、そして正確に人流動態を把握することを可能にします。これを利用することにより、観光を目的とした消費者の行動傾向と需要分布の実態を掴み、観光サービス業における必要なリソースの最適配置を実現できると同時に、今まで未発見だった潜在的観光資源※5の発掘につながるかもしれません。

 

※2 携帯基地局(略称BS)は、携帯電話端末と電話網の間の通信を中継する役割を担う無線設備を主要な媒体とした通信インフラ施設のこと。
※3 呼詳細レコード(略称CDR)は、送受信される音声データの分析に必要な記録情報のこと。CDR には、コールの発信元、コールの送信先、コールが開始された日時、実際に接続された時間、およびコールが終了した時間に関する情報などが含まれている。
※4 ここで、CDRデータは、BSデータにとって、より正確かつ動態的な人流データを取得するための補完的な役割を担うと考える。性質上、BSデータは、データの交信が携帯端末と基地局間でなくても、断続的に更新されるのに対し、CDRデータは、データの更新が有る限り、データの交信に関する記録が連続的に更新される。それらから得られる情報は、通信機及びその携帯者の地理的分布、つまりどこにいるかについてのものなのに対し、CDRデータは、通信機器及びその携帯者の流動的変化、つまり、どう行動しているかについてのものとなる。故に、BSデータは、人流動態データに関する「点」を提供するのに対し、 CDRデータはその「点」を結ぶ補助的な「線」となる。
※5 公益財団法人日本交通公社の観光資源台帳にある定義によれば、観光資源とは、「人々の観光活動のために利用可能なものであり、観光活動がもたらす感動の源泉となり得るもの、人々を誘引する源泉となり得るもののうち、観光活動の対象として認識されているもの」である。

 

 

⑵ 地域電子通貨の発行及びその地域間互換性の保証

実は、日本は、1999年代末から2000年代末まで地域通貨の全盛期を経験しており、そのうちの数多くは、交換手段として取引可能でした。2003年末までには、600種類以上の地域通貨が流通していたとも言われています。それゆえに、地域通貨の界隈では、歴史的に地域通貨のノウハウと経験が発展した国とされています。しかし、今までの取引形態の中で一番多かったのが、クーポン形式であるのに対し、一番少なかったのが、オンライン、つまり、無形媒体としての地域通貨でした。※6 (S. Kobayashi et al, 2020)リーマンショック前後、地域通貨は、日本では衰退傾向を辿った一方で、ヨーロッパでは、EU全区域の地域通貨推進プロジェクト「Community Currency In Action」の元に、様々な経済的及び社会的目的を掲げ、域内各国で導入されました。特にスペインでは、計400以上の地域通貨策略が景気低迷時に施行されています。(E.Barinage, 2019)最近では、中国を筆頭に貨幣の電子取引が主流となりつつあり、日本でも、新型肺炎の流行を分岐点として、多くの消費者が電子貨幣を取引手段として利用し始めています。直近でも、デジタル方式での貨幣通貨の取り組みはいくつか散見されており、水面下で試行錯誤が続いてます。

 

※6 S. Kobayashi et al, 2020の調査対象である1996~2016の21年間の間に誕生した合計537の地域通貨のうち、429がクーポン形式であったのに対し、オンライン上で取り扱われたものは合計21であった。


さて、観光業に特化した形で、「地域電子通貨」をより優位に実行するにあたり、以下の2点について触れます。 1つは、地域電子通貨の価値自体を上げるということです。もし地域通貨自体の表面的な経済価値を上げるとなった場合、地方自治体の地方銀行の監修のもと、地域電子通貨独自の単位及びやや円高の状態でレートの範囲を定めることで、特に短期滞在の観光客の消費を促進できるかもしれません。また、使用することによって得られる消費者効用を上げるとなった場合、地域電子通貨を利用することでしか利用できないサービスの設置などの排他性を設けることで、享受できると想定されるサービスの恩恵がその電子通貨を利用することの周辺コストを上回る場合に限り、利用を大幅に促進できることになります。前者は実行に移すとなったとき大きなコストと協力を得る必要がありますが、後者は実行が比較的用意であると言えます。 もう1つは、地域間で、電子通貨の相互互換性を設けるということです。その最も簡単な方法は、上記の円との為替制を前提とし、円を信用保証証拠として、地域間電子通貨を等価換金するというものです。また、現実味には欠けますが、他に、日本全国で統一された地域電子通貨を発行することにより、消費者の利用を促進する動機作りは、地方自治体の創意工夫に委ねるという方法もあります。いずれの方法を採用するにしても、最先端技術として地域電子通貨の発行と普及を促すことにより、地域経済の活性化及びその連帯の強化と同時に、観光客の購入データなどが容易に手に入り、データ利活用の幅広がることが見込まれます。

 

⑶ 地域経済へのサービス提供

最後に、このシナリオ上で生まれるデータの有用性や拡張性を元に、以下2点のようなデータ利活用の延長線に存在しうるサービスが想定されます。 1つは、シナリオ上で生まれるデータを利活用した移動や観光の際に有用なアプリケーションや情報発信手段の提供です。例えば、観光客、とりわけ海外からの旅行客を対象に、データ分析結果とSNSの口コミや評判をデータベースに統合し、観光に関するおすすめ情報機能をWeb-GISと同期しながら、利用しやすい形で提供するという方策が考えられます。これにより、観光シーンにおける利便性の向上を図ることができます。(K.Yamamoto, 2017)もう1つは、地域間オープンデータとしての公開です。日本では、2016年に官民一体型データ流通促進のための取り組みとして「オープンデータ2.0」が政府により設定されています。※7観光業に特化した限定された地域内での人流データ及び地域間での移動データを公開することで、地方自治体間での官民共同型のデータ利活用を進めることができます。

 

※7 2016年5月20日に高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)が決定した「【オープンデータ2.0】官民一体となったデータ流通の促進」では、「2020年までを集中取り組み期間と定め、政策課題を踏まえた強化分野を設定し、オープンデータの更なる深化を図る」ことを「オープンデータ 2.0」と位置付けた。

 

  • 特徴①

    CDRデータ及びBSデータを利用したリアルタイム人流動態把握
  • 特徴②

    地域電子通貨の発行及び地域間互換性の保証
  • 特徴③

    上記2つのデータ及びその分析を元にした加工オープンデータの利活用及びアプリケーションの提供

期待される効果・発展性

  • ・地域経済の活性化
  •  

  • ・地方自治体間の協力・連帯の拡大
  •  

  • ・人的資源などの影響を受けない観光業形態の最適化
  •  

  • ・各地域自治体に眠る新たな観光資源の発掘

まとめ

今回は、地域通貨と人口流動動態を利活用したスマートツーリズムについて、有効だと思われる方策を提示しながら、その可能性及び発展性について再考しました。CDRデータとBSデータを利用したサービスモデルの類似実例として、日本でもいくつか出てきており、同様のサービスを異なった人流データの取得方法で提供しているものもあります。また、地域電子通貨の取組みについては、「地域コイン」や「デジタル地域通貨」という形で、運用が開始されており、中にはすでにブロックチェーン技術を段階的に採用しているものもあります。※8 しかし、これら新しい取り組みを通して生まれるデータをどのように利活用するかということに関しては、未だにその仕組みが整っておらず、官民での充実した協力体制には改善の余地が存在します。そこで、エブリセンスジャパンは、データ取引市場が自治体と企業の仲介役としての役割を果たすことができると考えています。

 

※8 直近の例として、北海道では、倶知安・ひらふエリアの「NISEKO Pay」、甲信越地方では、新潟県佐渡島の「だっちゃコイン」、関東地方では千葉県木更津市の「アクアコイン」や東京都下北沢市の「シモキタコイン」、東海地方では岐阜県高山市・飛騨市・白川村の「さるぼぼコイン」、関西圏では、三重県伊勢市・鳥羽市・志摩市の「近鉄しまかぜコイン」などがある。

 

参考

 

 

 

 

 

 

 

  • ・Ester. B(2019), “TRANSFORMING OR REPRODUCING AN UNEQUAL ECONOMY ? SOLIDALITY AND INEQUALITY IN A COMMUNITY CURRENCY”, International Journal of Community Currency Research, Volume 23 Issue 2, pp.2-16

 

  • ・Kayoko. Y(2017), “Navigation System for Foreign Tourists in Japan”, Journal of Environmental Science and Engineering B 6, pp.521-541

 

  • ・Mayu. U et al(2017), “Creating open data sets on tourism information through citizen collaboration”, Journal of Global Tourism Research, Volume 2, Number 1

 

  • ・Mayu. U et al(2016), “Promotion of local government open data for sightseeing events”, Journal of Global Tourism Research, Volume 1, Number 2

 

  • ・Shigeto. K et al(2020), “HISTROICAL TRANSITION OF COMMUNITY CURRENCIES IN JAPAN”, International Journal of Community Currency Research, Volume 24, pp.1-10
 

  • ・Siyang. Q et al(2019), “Applying Big Data Analytics to Monitor Tourist Flow for the Scenic Area Operation Management”,Hindawi Discrete Dynamics in Nature and Society, Volume 2019, ArticleID 8239047

 

   


   

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